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12月30日

黄昏亭を開店しました


長い間『39堂主人』と話してなかったので、久しぶりに彼を招いて『黄昏亭』を開店しました。 16日、雨の2日間、ロンドンからお越しのカップルをご案内しました。 ご主人65歳、奥様





















3月 7日



『高齢者講習』を受けました


これが2回目の『高齢者講習』でした。 よくご存知でしょうが、講習での検査は3つです。 ①高齢者講習

































3月 7日



『高齢者講習』を受けました


これが2回目の『高齢者講習』でした。 よくご存知でしょうが、講習での検査は3つです。 ①高齢者講習
































3月 2日



壮行会

孫娘、孫息子が東京の大学に進学することになりました。 2人とも今月20日前後に上京しますので、『菩




















2月20日



友達としゃべりました

近くの海べりに『ゲストハウス』があります。 宮島に近いですから結構外国の方が利用しているようです。


































2月20日



友達としゃべりました

近くの海べりに『ゲストハウス』があります。 宮島に近いですから結構外国の方が利用しているようです。





















































2月17日



雑談”あれこれ”









































































2月15日

第1回『一人路上観察学会』(2)


宮司さんにお目にかかり立ち話をしました。 地御前神社前から続く旧2号線の一角にかなり古いお宅が数軒











































2月13日


第1回『一人路上観察学会』(1)


『地御前村出征兵士記念碑』                                   ・

今日『一人路上観察学会』を立ち上げました。 エクササイズをかねて路上を観察して歩き、観察の目を養い



























12月30日



『黄昏亭』を開店しました

『39堂主人』を招いて、今年最後の『黄昏亭』を開店しました。 彼とは長い間話す機会がなかったので、
「どう、話しに来ない?」と誘ってみました。 なにやら片付けがあると言いながら、それでもニコニコしな
がらやってきました。                                      ・

お土産をいただきました。 京都の大吟醸『京姫』、甘いミカン、最近彼が常食しているという『キューイ・
ヨーグルト』。 蜂蜜も入って整腸作用があるそうです。 彼はどこかから得た情報を基にあれこれ試してい
て、来るたびにそれを披露してくれます。 でも余り長続きがしているものはないんじゃないかな。   ・

今日は酒のアテだけで、特別なもてなしはありませんでした。 昨日の『牡蠣の黄金焼き』、それに完成した
ばかりの『黒豆』、『鯖の塩焼き』で簡単に済ませることにしました。 といいつつ、酒が進むごと段々と勢
いがついてきて彼の予定時間を1時間半もオーバーしてしまいました。                ・

話しの内容はというと、まぁ取り留めもなく、高市政権の評価とか、彼が最も得意とする仏教の話し、農業は
どうなった? それに老人らしく病の話し、そうそう彼が言うには「お前知っとるか、ワシは『前立腺がん』
にかかっとるんじゃ。」 そうなんか、何だか嬉しそうに聞こえたるけどなぁ。            ・

今年1年、彼とは何度となく楽しい時間を過ごしてきました。 「来年もよろしく頼むわな。」 こんなこと
を話し乍ら彼を送りました。 外はもう暮れ始めていました。 さて、来年はどのようにもてなそうか、フィ
リピン料理でも食わせてやろうかな。                               ・































12月29日



『ギター合同練習』、のち黄昏亭

第4回目の『ギター合同練習』を行いました。 『枯れ木2号さん』はお嬢さんのソプラノとのデュオで新た
に『グリーンリーブス』を追加されました。 先日のギター教室で先生から勧められたそうです。 親子の演
奏、いい企画で羨ましいですね。                                 ・

私達のデュオは『冬の星座』を計画しています。 私の演奏に彼の伴奏が入ることになりました。 今回初め
て合わせてみましたが、これはなかなか厄介です。 そもそも私は合奏が苦手で失敗をしては皆さんにご迷惑
をお掛けしてきました。 でも彼が積極的なんですね。 困ったことだ。               ・

私の『愛の夢3番』は彼から酷評されました。 「アドリブではなく、楽譜通りにテンポを刻め。」といいま
す。 それが難しいからわざわざ崩して演奏しているのですが、彼はそこにとても厳格なんですね。 ただ先
生からはメロディーを浮き立たせる方法として「それもよし。」と指導を受けています。さて、どちらが正し
いか。                                             ・

 

そんなことで、まだまだ課題を残しながら新年を迎えることになりました。 次回、第5回目は1月末を計画
しています。 それまでの目標は、「全ての演奏曲を取り敢えず確実に演奏できるようにする。」です。 そ
の後の10ヶ月間で徹底的に味付けをしていこうということになりました。              ・

それから彼の奥様の到着を待って『黄昏亭』、今回は兼『忘年会』に移行しました。 今回は持ち寄りで、彼
は『ローストビーフ』に『サラダ』を準備すると言っていました。 私は前日までガイドをしておりましたの
で直前まで考えが纏まらないでいました。                             ・

ガイドが終わって帰宅後、思い付いて牡蠣を買いに走りました。 宮島口の牡蠣小屋で『牡蠣の剥き身』を売
っていたのを見ていました。 『菩薩様』が季節になると『牡蠣の黄金焼き』(彼女が命名)を作ってくれて
いましたので、それをやってみることにしました。                         ・

 

確か牡蠣に小麦粉をはたいて、溶き卵を潜らせホットプレートで焼くだけ、タレはレモンで、こんなことを思
い出しながら作ってみました。 こんな料理を頂きながら、『枯れ木コンサート』後のパーティーの段取りを
奥様を交えて、いや奥様にお願いしました。 奥様からは「人数を確定してほしい。」と要望がありましたが
さて、こんなチンケなコンサートに果たしてどなたが来て下さるやら。                ・


















































12月28日



ボランティア・ガイドが終わりました

これが今年最後のボランティア・ガイドでした。 今回のお客様は『仏領ポリネシア』から、といっても多く
の方はご存知ないのではないでしょうか。 でも、ゴーギャンが愛した『タヒチ島』を中心とした南太平洋の
島国といえば『あぁそうか。』と思われる方は多いでしょう。                    ・

その『タヒチ島』に住んでおられる77歳のご両親、それに47歳のお嬢さんが今回のゲストでした。 ご主
人は大工さん、それに家具職人だったそうで、奥様も同じ会社で働いていたと聞きました。 お嬢さんは中等
学校の英語の先生だそうでした。 従ってお嬢さんは英語に堪能でしたが、ご両親はフランス語のみ、タヒチ
の公用語はフランス語です。                                   ・

この人たちは今年の7月に1度広島を訪れています。 従って「すでに訪れた『平和公園』と『宮島』の案内
はいりません。 その代わりに『牡蠣小屋』と『酒蔵』の案内を希望します。 それに『居酒屋』にも興味が
あるのでいいお店を紹介して欲しい。」と言ってきました。 そこで・・・              ・

27日は宮島口の『牡蠣小屋』でランチ、それから厳島神社を案内し、広島に戻って夕方から『居酒屋』。・
28日は早朝に東広島の『酒蔵』に案内し、引きかえして広島で『お好み焼き』、最後に『原爆資料館』に案
内してガイドを終了する。 このように提案をしました。                      ・

ところが、「宮島にはもう行きたくない。」と言ってきました。 そうすると27日の午後をどう過ごすかと
いうことになりますが、時間が余ったらご案内しようと考えていた『縮景園』を提案しました。 それで万事
整いました。                                          ・

そして27日の10時過ぎに広島駅で落ち合って宮島口に向けて出発しました。 『牡蠣小屋』は宮島駅から
岩国方面に向かって1km足らずの距離です。 Taxiの客待ちがいなかったので「歩きますか?」とお尋
ねするとOkayだというので、これはまぁ食事前のいい腹ごなしになりました。           ・

ハシケの上に並ぶ1席に着きスマホで注文すると炭火と殻付き牡蠣がどっさりと運ばれてきます。 それを銘
々が炭火の上に並べて焼きます。 私がご主人のビールを買いに行っている間に既に盛大に並べて焼き始めて
いました。 ご主人はマイペース、しかもガサツな人で、並べられた牡蠣は表も裏もありません。    ・

先ずは平たい方を先に焼き、そしてふっくらした方を下にして牡蠣が口を空けるまで焼きます。 これが牡蠣
の焼き方なのですが、既に多くの牡蠣は汁を吐き出していました。 慌ててふっくらした方に裏返したのです
が時既に遅し。 でも旨そうに食べておられました。 あの汁に牡蠣の味が凝縮されているのになぁ。  ・

 

ハイチでは牡蠣の養殖はないようで、たまに岩についているとてつもなく大きい牡蠣が手に入ることがあるそ
うですが、とても高いのだと言っていました。 私は『牡蠣飯』と『お汁』、それに2~3粒の『焼き牡蠣』
をいただきましたが、焼き牡蠣はともかく、それ以外は???と言うぐらいのものでした。 それでもクライ
アントが満足ならそれでよろしい。                                ・

冬の『縮景園』はどことなく殺伐とした雰囲気です。 『牡蠣小屋』から戻ってすぐに『縮景園』まで歩きま
した。 それから奥様のコート、ご主人の腕時計のショッピングにお付き合いし、駅前の『居酒屋』にご案内
しました。 雰囲気のいい『炉ばた焼』のような『居酒屋』を探しましたが、今時昔ながらの肩を寄せ合って
酒を楽しむような店は見当たりません。                              ・

料理もアベレージ以下と思いましたが、ガサツなご主人は大きな『鶏もも』を頬張り、ビールを流し込んでい
ましたし、奥様とお嬢さんは餃子や串焼きを楽しんでおられました。 私は赤のクラスワインと何切れかの鶏
串を頂き皆さんを眺めていました。 ガイドが酔い潰れる訳にはいきません。             ・

28日も広島駅で待ち合わせ東広島に向かいました。 私には酒蔵の案内は出来ませんので、前もって現地の
通訳ガイドをお願いしておきました。 多くの酒蔵はもうお正月休みに入っているようで、今回は3つの酒蔵
のみを巡り『利き酒』を楽しんで頂きました。 ご主人は「お前も飲め。」と勧めてくれるのですが、これは
丁重にお断りしました。                                     ・

それから広島に戻って『お好み焼き』、今日は日曜日で結構混んでいました。 スタッフも2名の応援が入っ
ていました。 ご主人はトッピング山盛りの『全部入りデラックス』、奥さんとお嬢さんは和牛トッピングの
『スペシャル』を楽しみ、「前回大阪で『関西風お好み焼き』を食べたましたが、サービスにも味にもがっか
りでした。 この『お好み村』の広島風には大満足です。」と感想をのべられました。         ・

それからすぐに『原爆資料館』に向かいました。 平和公園の説明はパスされました。 聞いていただければ
『原爆資料館』での理解が深まるのですが。 その資料館ですが、年末、しかも日曜日とあって大変な混みよ
うでした。                                           ・
 

『東館』から『本館』に渡る渡り廊下に辿り着くのさえも大変な混みようでした。 私は『渡り廊下』の手前
でお別れすることを伝え、交通費を頂いて皆さんとお別れしました。 今回は『牡蠣船』『酒蔵』『居酒屋』
とちょっと毛色の変わったご案内になりましたが、ガイドとしてもいい経験をさせて頂きました。    ・























































12月20日



ボランティア・ガイドが終わりました

今回は流石に参りました。 シドニーからファミリーがお出でになったのですが、親子4人さんの発音を全く
聞き取れませんでした。 「オーストラリアの発音は聞き取りにくい。」というのがフィリピン界隈でも通説
になっていますが全くその通りでした。 一方で難なく聞き取っている人もおられるわけで、一体私の耳はど
うなっているのかと考えさせられます。                              ・

「私はあなた方の発音を殆ど聞き取ることができません。 私の発音はどうでしょう、聞き取ることができま
しょうか?」とお尋ねしました。 両方向がダメでは会話になりません。 ところが、彼らには私の英語はち
ゃんと理解できるといいます。 それで安堵しました。 それならガイドが続けられます。       ・

最初は聞き取れなかった英語も、ある程度時間が経てば次第に耳に馴染んでくるものなのですが、今回は結局
最後までダメでした。 おそらく30%、いやそれ以下の理解力だったでしょう。 去年、やはりオーストラ
リアのファミリーをご案内したことがあります。 その時にはスマートフォンに助けて貰いながら案内をしま
した。 今回も似たようなことになりました。                           ・

昨夜奥様からメールが入りました。 「風邪をひいて声がでなくなりました。 咳も熱もありませんが、あな
たに移したくないのでもしお嫌ならガイドを断って頂いて結構です。」とありました。 この様子だとインフ
ルではないようです。 お受けすることにし、『原爆資料館』前の噴水で落ち合いました。       ・

今日は1日かけて広島のご案内です。 特に『原爆資料館』に強い関心をお持ちでした。 スケジュールでは
『平和公園』から始める予定でしたが、早朝に提案し、『広島城』を最初にご案内することにしました。 『
広島城』や『縮景園』を先に済ませて、後はゆっくりと『原爆資料館』を見て頂く方がホテルも近いことだし
行程的にも楽だろうと考えました。 もちろん『お好み焼き』は挟みます。              ・

『縮景園』はさほど広くない公園ですが、小道に起伏が多く、加えて自然石の石組を上り下りします。 従っ
て私達のように膝や腰が硬くなった年代には少々負担があります。 体調不良の奥様に何度も「大丈夫ですか
?」と声をかけながらご案内しました。                              ・

寒くなって来邦客が少なくなった精か、『お好み村』にもやっと平和な雰囲気が戻ってきました。 一時はほ
ぼ外国人に占領されていましたが、最近では国内旅行客も見えるようになりました。 さて、皆さんそれぞれ
にお好みを注文していましたが、誰かが『餅入り』を頼んだのには驚きました。 お嬢さんだったかな? ・

 

それから本通りを歩き、『平和公園』を説明し、『原爆資料館』にお連れしました。 『平和公園』内で『資
料館』の展示との関係をしっかりと説明しておきましたので、後はこの人達だけで大丈夫でしょう。 私は本
館入り口でこの人達とお別れしました。 後は気儘にお過ごしください。               ・

夜になってメールがありました。 「ホテルに戻ってすぐに横になりましたが、まだ疲れが取れません。 折
角勧めて頂いたのに申し訳ありませんが、明日のスケジュールはキャンセルさせて頂きます。」     ・
















































12月14日



ボランティア・ガイドが終わりました

かなり冷え込むようになってきました。 寒い時期のガイドは結構辛いこともありますが、それを乗り越える
積りで今日を皮きりに今月3パーティーをご案内します。 初回は今日ご案内するアメリカからお出でになっ
た中年のご夫妻、2回目がオーストラリアから親子4人のご家族、最後がまさに年末になりますが、27日、
28日とフィジーからお見えになる親娘をご案内する予定です。                   ・

今日のゲストはボストンからお見えになりました。 広島駅裏のホテルロビーでお目にかかったとき、「おや
この人達は『いわゆる』アメリカ人ではないな。」と思いました。 どう見てもご主人はフランス系統、奥さ
まは少し浅黒く、魅惑的な目をした中東系に見えました。                      ・

それでいろいろ話している内に、ご主人はフランスからの移民2世、奥様はシリアで育った移民1世というこ
とが分かりました。 長くガイドをしていると、顔形からどの国の血を引いているかが想像できるようになり
ます。 歩きながら話しはどんどん進んでいきます。 ご主人は退職者、奥様は「私は日本の会社で働いてい
る。」といいます。 「どこ?」と聞いたら『武田製薬』だと言っていました。            ・

今回はday tripで広島と宮島ですから、ほぼお定まりのコースです。 従って特筆することも余りな
いのですが、『原爆資料館』の混雑が半端ではないようでした。 私は『平和公園』内で肝心なことを全てお
話しし、『資料館内』で確認して欲しいことをお知らせして館内はご案内しません。 それでロビーで待って
いるのですが、20分ほどで戻ってきました。                           ・

「えらい早いけど、どうしたんですか?』とお尋ねしたところ、「凄い混雑で、とても展示を見ることはでき
なかった。」といいます。 修学旅行シーズンは仕方がないとしても、いつもこのようでは申し訳ないことだ
と思います。 資料館には実情を話して対処をお願いしているのですが、今のところ改善のきざしは見えませ
ん。 (広島市と相談はしているようですが)                           ・

それから『お好み村』まで歩きました。 ご主人は『和牛トッピング』の超高級お好み焼き、奥様は確か麺抜
きだったと思います。 「卵は食べるけれど、マヨネーズにアレルギーがある。」そうでした。 それにご主
人はビール、奥様は日本酒を注文し満足そうでした。                        ・

 

宮島では『大聖院』の『木組み工法』に関心を持たれました。 実はこの方達は熊本で車をレンタルし、由布
院を経由して広島までドライブされました。 そのことを聞いて、「それなら広島の西隣の岩国市に途中下車
して『錦帯橋』を見てきたらどうですか。 歴史的な建造物で、しかも釘を使わないで作ってありますよ。」
とお勧めし、結局昨日立ち寄られたのでした。                           ・

『大聖院』の山門、『摩尼殿』は『木組み工法』で建立されていて、やはり釘を使っていないことを説明する
と、『錦帯橋』と対比させながらいろいろな角度からご覧になっていました。             ・

しかし今日のガイドはきつかった。 朝7時に我が家を出発し、帰り付いたのが午後6時半、概ね12時間の
ガイドになりました。 事前準備にこの行程だと、ボランティアとはいえコーヒー2杯ではちょっと辛い。・
































2月10日


               
三水会

いつものアジトで『三水会』がありました。 今回の参加は6名でした。 総メンバーは9名ですが、その人
数だとお互いの話しが遠くなって、全員がなかなか共通の話題に参加できなくなります。 「これくらいの人
数がベストだよな。」という声がありましたが、かといって誰かの参加を拒むという意味ではありません。・
たとえ話しが2つに割れたとしても、全員がとても気持ちのいい仲間です。              ・


 

まずはビールです。 そして最初の料理は・・・先週『本邦完歩氏』が友達とここで飲んだ時、大将から「河
豚サシが始まったよ。」と勧められたそうです。 それで今日は全員『河豚サシ』でやろうじゃないかと提案
がありました。                                         ・

小皿に10枚くらいの薄造りが皮と肝、それにネギの小口切りと一緒に盛り付けてありました。 トラフグだ
としてもきっと天然物ではないでしょう。 歯ごたえがあるとは思えませんでした。 しかし味は甘ったるく
て悪くはありませんでした。                                   ・

『第1回青年の船の会in大分』が中止となり、帰りに予定していた本場の河豚料理を食いそびれましたが、
「まぁその『埋め合わせ』のようなものだな。」と思いながらいただきました。            ・

それからは、それぞれがお好みで注文しました。 今回は『鯵の唐揚げ』が人気でしたが、私は『スルメイカ
の煮付け』にしました。 前に『鯵南蛮』でえらい目にあった経験がありますので、今回も「ちょっとなぁ。
」という感じでした。 やがて『黒霧島』の湯割りになり、話しはどんどん盛り上がっていきました。 そし
て行きついたのが私の料理でした。                                ・

誰かが「来年も『おせち』を作るのか?」と聞きますので、「もちろんだよ。」と今年の『おせち』の写真を
お見せしました。 それに先週『黄昏亭』で作った『牡蠣飯』の写真を見せたところ、「次の『三水会』は髙
橋邸でやろう。」と言い出す人がでて、「じゃ、2月にやろう。」と盛り上がりました。        ・

これはえらいことになってしまいました。 希望を聞いたところ、『刺身』が圧倒的な人気で、『幹事君』は
地元の下関から『河豚の柵』を持って行くなどと意気込んでいました。 とすると、『大人数でつつけるもの
・何か珍しいもの』をと考えないと。                               ・

まぁ、それを考えるのも楽しみの1つですが、最大9人ともなると流石に経験がありません。 こんなとき『
菩薩様』はよく『チヌの唐揚げ』をデ~ン!と出していましたね。 牡蠣の美味しい時期ですから『牡蠣のオ
イル漬け』なんかも珍しくていいかも知れません。 などと、こもごも想いを巡らせ始めています。   ・
















































12月 7日



ギター合同練習&黄昏亭


3回目の『ギター合同練習』を行いました。 前回、少し時間が足りなかった反省から、今日は2時から『合
同練習』、そして5時半から『黄昏亭』開店としました。                      ・

まずは『合同練習』ですが、正直私も『枯れ木2号』さんも前回から大きく上達しているようには見えません
でした。 2人ともミスタッチが多いし、私はリストの『愛の夢3番』、『枯れ木2号』さんは『荒城の月』
に悶え苦しんでいます。                                     ・

私について言えば、解決策はやはり確実な暗譜ではないかと思います。 今までずっと楽譜から目を離さず演
奏してきました(そのように訓練してきました)が余りにも楽譜に頼りすぎ、そのためフレットを確実に捉え
られず、ミスがミスを呼ぶというのが失敗の一因ではなかったかと思います。             ・

それと、これは私たちに限らないことですが、1人で練習している時には上手く弾けても、人前に出ると全く
ダメということも克服しなければなりません。 気の置けない2人の間であってもプレッシャーを受けます。
況やオーディエンスをや。 これには慣れるより他なし。 次回はどなたかに聴衆をお願いしてみるかな。・

今日は私は忙しかった。 『枯れ木2号』さんが演奏中にも『黄昏亭』の準備に勤しんでおりました。 今日
のメニューは『牡蠣飯』、『イカと里芋の煮物』、『鯛の蒸し物』の3品です。 ともかく事前に準備出来る
ものは全て準備し、『枯れ木2号』さんの奥様のお出でを待つという段取りでした。          ・

『牡蠣飯』は初めに『牡蠣』を軽く煮て『出汁』を取り、その『出汁』と『ヒジキ』でご飯を炊いて、最後に
牡蠣を乗せて蒸す。 『牡蠣』は煮すぎると小さく縮んでしまいます。 『イカと里芋の煮物』も同じく『イ
カ』を軽く煮て『出汁』を取り、この『出汁』の中で里芋を煮ます。 やはり和食には『出汁』が大事です。


 

『鯛の蒸し物』は片身のぶつ切りを準備しました。 そして塩を振り5分蒸し、火を止めて5分。 これで出
来上がりです。 奥様がお出でになったタイミングで全ての料理を熱々のままお出しすることができました。
この女性は全てに如才なし、もちろん料理にもです。                        ・

 

従って今日はかなり緊張しました。 でも、お上手もあったでしょうが、どれも美味しそうに食べて頂けまし
た。 食後、コンサートの日取りを検討しました。 コンサート後のパーティーの準備は全て奥様任せになま
す。 従って奥様のスケジュールを無視することはできません。                   ・

まだ決定ではありませんが、第一候補は孫娘の『冬休み』の初め、第二候補は11月下旬の連休としました。
あと丁度1年ですね。 さらに1曲アンサンブルを挟むことにしました。 候補は『冬の星座』です。 そし
て今年中、或いは年明け早々に4回目の合同練習を行うことにしました。               ・






































11月27日


ボランティア・ガイドが終わりました

今回はイギリスの老カップルのご案内でした。 このガイドは観光局のルートによるものではなくて、4月に
ご案内した方からの紹介によるものでした。 「あいつのガイドは面白いけど、速足でどんどん引っ張ってい
くので気を付けろ。」などと言いながら、今回を含めて2組に私を紹介してきました。         ・

ご主人67歳、奥様64歳、結構気儘なご夫婦でした。 「チケットは当日買う。 到着時間は未定だ。 午
後になるだろう。」としか返事がありません。 仕方がないな、それじゃ12時までに広島駅まで出掛けて到
着を待っているほかないなぁ。 そして当日になって「2時にホテルのロビーで待つ。」と言ってきました。
最初からかなり振り回されています。                               ・

さて出発。 「『スイカ』は持ってる?」と聞くと、「いいや。」と言ってポケットから一握りのコインを引
っ張り出しました。 乗り換えが多いガイドになりますからICカードがあれば便利なのに、それを買うのも
面倒だったのでしょうか。                                    ・

どうやら奥様は脚が余り強くないようでしたので、紙屋町電停から『広島城』大手門まで歩き、今回は外周の
ご案内は止めました。 1周すると結構な距離になります。 案の定『広島城』内では3層まで登ったところ
でギブアップされました。                                    ・

『広島城』から『縮景園』に向かう前に、「これから数100m歩きますが、大丈夫ですか?」と尋ねたとこ
ろ、「大丈夫だ。」と言われましたので、後は気にすることなくご案内し、『縮景園』内の不安定な石組もご
く普通にお連れしました。                                    ・

 

『被爆樹木」の銀杏の絨毯は今日も綺麗でした。 そして近くの『看花とう』で暫く休んで頂きました。 池
の周りを1周する頃には、奥様は相当草臥れていて、「そうですか、もう少しですが最後まであるきますか?
それとも紅葉のベストポイントを諦めて平地を歩きますか?」とお尋ねしたところ、「もう平地を歩きたい。
」ということだったので園内のガイドを止め、梅林の脇を抜けて電停に向かいました。         ・

 

「明日がハイライトですよ。」と確認しあって、彼らは広島駅近くのホテルへ、私は宮島方面の我が家に帰っ
ていきました。 私の脚の具合は最悪で、電停から我が家までは全く情けない姿で歩を進めました。   ・

暫く休んで夕食を作り、ワインを傾けていたら先様からメッセージが入りました。 「ワイフの腰の状態が厳
しいので明日は私たちだけで近場を歩くことにする。 急なキャンセルで申し訳ない。」と言ってきました。
ひょっとして、私が引っ張り過ぎたのでしょうか。                         ・

ガイドの最後に頂くことにしていた交通費、原爆資料館の入場料は頂けずじまいになりました。 後で『枯れ
木2号さん』には「いい休養になったんじゃないですか。」とからかわれました。           ・






































11月26日


ボランティア・ガイドが終わりました

25日、26日の2日間、スペインの若いカップルをご案内しました。 彼34歳、彼女26歳。 「新婚旅
行ですか?」と尋ねたところ、「いや、結婚したのは2年前だ。」そうでした。 奥様の顔立ちが少しヨーロ
ッパ離れをしていましたので、それとなく探りを入れてみたところ、スペイン領『カナリア諸島』の出身だそ
うでした。                                           ・

今回のガイドで難儀をしたことが2つありました。 1つは『靴擦れ』でした。 少し冷え込むようになって
きましたから、夏用のソックスを冬用に替えたのですが、まだ馴染んでなかったためか、指先に『まめ』がで
きていて、それがガイドの途中から段々とひどいことになりました。                 ・

25日は何とか乗り切ったのですが、2日目はソックスも厚手に替え、『まめ』には絆創膏を貼って臨んだに
も関わらず効果なし、それでも気付かれないように指を浮かせたりしながら頑張り通しました。 履きなれた
靴であってもソックスという伏兵がいました。                           ・

2つ目はスペイン訛りでした。 根問いをして確認するとそれと分かるのですが、これには地域訛りも入って
いるのかもしれません。 今までに何組かスペインの方を案内したことがありますが、これほど分かりにくい
発音はなかったと思います。 例えば、宮島で「山の向こうには何があるのか?」と聞かれたのですが、『山
』が「マッテ」くらいにしか聞こえず、屡々名詞の発音に苦労しました。               ・

彼は話し好きで、終始話しかけてきます。 そのたびに耳を澄ませ何とか聞き取るようにつとめなければなり
ませんでした。 ところが救世主がいました。 最初は余り話しに加わってこなかった彼女の発音が比較的ナ
チュラルだったものですから、それ以降は時々介添えをお願いしました。               ・

25日は広島だけのご案内でした。 前もって要望があり、『広島城』や『縮景園』の他に美術館か博物館が
見学したいと言うことでしたので、たまたま開催されていた『古代エジプト展』を提案したところ、たちまち
同意して頂けました。 何か日本的なものであればベストだったかも知れません。           ・

初めに『広島城』の外周を巡り、内堀に写り込む天守閣を見て頂き、大手門から二の丸を経由して天守閣に入
りました。 芸術や美術に関心が高い方達でしたので、刀が作られる過程や鎧兜を熱心にご覧になっていまし
た。                                              ・

天守でお昼を迎え、レストランに向かいました。 『お好み焼き』は明日に回して、今日はデパートの地下で
『天婦羅丼』です。 今や『天婦羅』は世界的な料理になっていますので、珍しくはないようでしたが、それ
でも海老やアナゴなど新鮮で多彩な具材には満足のご様子でした。                  ・

 

続いて縮景園にお連れしました。 一時雨の予報でしたので、雨の来ぬうちにと思って先に『縮景園』をご案
内しました。 ちょっと遅かった感はありましたが、それでも紅葉が見事でした。 特に被爆樹木の銀杏の落
葉が黄色い絨毯の如くでしたし、紅葉が水面に映る美しさも満喫して頂けました。           ・

 

県立美術館を出たあとは広島駅まで歩いて引きかえす積りでしたが、大浴場に入るのために水着が買いたいと
いうことでしたので本通りの入り口までご案内し、今日の予定を終えました。             ・

翌26日は『原爆ドーム』前で待ち合せました。 今日がご案内のハイライトです。 いつも通りタブレット
を片手に『爆心地』『原爆ドーム』『相生橋』、そして平和公園に入り主要なモニュメントを回って『原爆資
料館』にご案内しました。                                    ・

『資料館』では1時間を予定していましたが、15分を経過してもまだ出てきません。 相当熱心に見て頂け
たのだろうと思います。 前もって、『黒い雨』の写真や『貞子の折り鶴』などなど見どころを公園内でお話
ししておきましたので、スムーズに見学できたようでした。                     ・

それから『お好み村』に向かいました。 道々「昨日水着を買ったんですか?」とお尋ねしたところ、「今日
もう一度探してみる。」と言っていました。 外国の方はやはり裸には抵抗があるのでしょう。 カルチャー
の違いですね。                                         ・


 

『お好み焼き』はスペシャルを2人でシェアしておられました。 それに餃子です。 焼けていく様子を熱心
にご覧になっていました。 お2人とも器用に箸を使って餃子を召し上がっておられました。      ・

続いて『宮島』です。 先ずは『清盛像』の前で『厳島神社』の歴史のさわり、『清盛』が招来した『平安文
化』などを簡単に説明して、『大鳥居』を経由して『厳島神社』に入りました。 そして回廊の一角で神社の
建築様式『寝殿造り』、『舞楽』、『雅楽』、『管弦祭』など現存する『平安文化』をビデオを交えながら説
明しました。                                          ・

更に『厳島神社』の『祭神』、『天照大神』や天皇との関係なども話したのち本殿にご案内し、神道形式でお
参りをして頂きました。 振り返って、ステージ上の構造物が全て左右対称に配置していること、これが『寝
殿造り』の特徴であることも理解していただきました。                       ・

そして最後に『大聖院』に向かいました。 『大聖院』の山門辺りの紅葉もとても綺麗でした。 ここでは『
五百羅漢』、観音堂地下の『戒壇巡り』、四国八十八か所の簡易版『遍照屈』をご案内しました。 『遍照屈
』では仏教の目標、そのための苦行の1つがスペインの『サンティアゴ巡礼』のように厳しいものであること
などをお話ししましたが、この例えは分かりやすかったようでした。                 ・

そして、最後に『宮島口駅』までお送りしてお別れしました。 彼らにとっては予想外のガイドだったようで
「あなたのガイドはエクセレントだ。」とお褒めの言葉を頂きました。                ・

































11月 22日


最後のOB会

私が長い間働いてきた会社の、私が所属していたセクションの『OB会』がありました。 場所は広島駅裏の
イタリアンレストランで、約50名のOBと数名の現役の参加がありました。 私は長い間参加を見合わせて
きましたが、これが最後と聞いて出席することにしました。                     ・

既に不参加の旨連絡をしていたのですが、前回の『三水会』でこの『OB会』の幹事と、『三水会』の『幹事
君』から「これが最後ですから・・・」と強く勧められ、また『本邦完歩氏』からは「それじゃぁ一緒に行き
ましょう。」と念を押されて引くに引けなくなってしまいました。                  ・

ちょっとした訳があって長い間出席を見合わせてきたのですが、ここではそれに触れないことにします。 待
ち合わせて『本邦完歩氏』と連れだって会場に到着した時には既に多くの人が集まっていました。 驚いたこ
との1つは、どうやら私はかなりの『長老』の部類に入っているらしいということでした。 80歳台になる
と、なかなか思うに任せられない人が多くなってくるのでしょう。                  ・

驚いたことの2つ目は、『既に多くの人が・・・』と言ったように、多くの仲間の顔と名前が一致しないこと
でした。 従って思い出を辿るのにかなり手間取りました。 ビールを片手に話している内に段々と思い出し
てきて、「あぁゴメン、思い出した。 〇〇か。 久しぶりだなぁ。 元気だったか?」、話す人ごとこんな
挨拶になってしまいました。                                   ・


 

特に懐かしかったのは、私が教官だった頃に『やんちゃくれ』だった訓練生達でした。 世にいう『同じ釜の
飯を食った』仲間の絆は強いものと見えます。 逆に私が教わった先輩教官にも会いました。 多分彼が今日
の最長老ではなかったかと思います。 三重県にあった学園で、教わったのですが、同郷という気安さもあっ
て随分過酷な質問を浴びせたことを思い出しました。                        ・

こうして、あちこちに小さなグループができ、それが笑顔とともに離合集散を重ねながら旧交を温め合ってい
ました。 今回が最後の集まりになりましたが、主な理由は高齢化による参加者の減少でした。 技術革新に
合わせて組織の再編が進み、かつてのセクションは基盤を失ってしまいました。            ・

従って、新陳代謝がなく、同じメンバーが毎年1歳づつ歳をとることになり、これ以上会を続けることが困難
になったということでしょう。 「もうこれでお前と会うのは最後になるかも知れんなぁ。」という挨拶が聞
かれました。 多分そうなるのでしょう。 懐かしくもあり、楽しくもあり、一方で少し淋しさを感じる『O
B会』でした。                                         ・















































11月 15日



『こんにゃく』作り

『こんにゃく作り』に参加しました。 このイベントは知り合いのNPO関係の方が企画されていて、私にも
ご案内がありました。 市北部、山間部の小さな集落で地域の人を交えて、この『こんにゃく作り』の他、焚
火学会による『焚火会』、収穫した新米で『餅つき会』、『月見会』などが企画されています。 日本の古き
よき伝統に触れ、また伝えようと言うことでしょう。                        ・

『こんにゃく作り』は早朝から始まる予定でしたが、私と友達は事情があって11時を回って到着しました。
私の役割は『火守り』でしたが間に合わず、既に庭先では大鍋に湯がたぎっていて、丸められたこぶし大の『
こんにゃく』が参加者によって次々と茹でられていました。                     ・

子供たちも混ざって、ペースト状の『生こんにゃく』を受け取っては丸め、次々とたぎる湯の中に落とし込ん
でいました。 『生こんにゃくペースト』は地域のご婦人が前もって大きなボールに一杯になるほど作ってお
られて、お椀で適当な分量をとりわけ、ある程度形を整えてから子供たちに手渡していました。     ・

『こんにゃく』はこの集落ではひと昔前まで自給自足だったそうて、ご婦人はお婆さんから作り方を教わった
そうです。 最近では『こんにゃく芋』を栽培する農家は殆んどなくなり、また作り方を継承している人も少
なくなっているようで、「あと何年作れうかなぁ。」などと言う淋しい話しも聞かれました。      ・

このご婦人に作り方を聞いてみました。 まず『こんにゃく芋』の皮を剥いて小さく刻みボイルします。 グ
ツグツ煮ていると次第に湯に溶けてドロドロのペースト状になります。 頃合いを見て凝固剤(ナトリウム)
を加えて適当な固さにします。 今日は『お刺身』で食べるので少し柔らかめにしたそうでした。、凝固剤の
量はまさに長年の経験によるものでしょう。                            ・

私も1つ受け取って丸めてみましたが、何だか子供のころにそっと掬いあげたジェリー状の蛙の卵を思い起こ
しました。 どうかすると指の間から抜け落ちていきそうな感覚でした。               ・

 

それからランチタイムになりました。 今日はミネソタからお出でになった芸術系の大学教授も参加されて、
出来立ての『こんにゃく』の刺身と香茸入りの『お結び』、それに味噌汁をご一緒しました。 『こんにゃく
』のお刺身には『酢味噌』がとてもよく合います。 香茸(こうたけ)はその名の通りとてもいい香りのする
『きのこ』ですが、この地域でも滅多に採れない貴重品だそうです。 美味しかったものですから、つい3ケ
目の『お結び』に手が伸び始めましたが、遅刻してきて働かずに大飯喰らいでは流石にいかんだろうと手を引
っ込めました。                                         ・


 

それから食事の後片付けをし、僅かながらドネーションをさせていただき、最後に鍋や窯を洗ってからお土産
の『こんにゃく』と柿、柚子を頂いて、『実は今日とてもいいことがあった』友達と紅葉の山道をドライブし
ながら帰途につきました。                                    ・

さて今夜の夕食です。 食材が切れていましたのでマーケットに行き、食材を物色しました。 私は魚好きで
すから勢い目は魚コーナーに向きます。 そして、鯛の頭、やり烏賊のぶつ切りを買って帰りました。 鯛の
頭は『骨蒸し』ですね。 やり烏賊は明日里芋と一緒に煮てみようと思っています。          ・

従って今夜は『こんにゃくの刺身』と『鯛の骨蒸し』になりました。 大葉を敷いて薄くスライスした『こん
にゃく』を盛り、柚子の皮を添えて酢味噌でいただきました。 『鯛の骨蒸し』との相性もとてもよかったと
思います。                                           ・